雪国科学とは?

雪国科学とは?2018-10-04T13:10:39+00:00

新潟市のはずれに自然倶楽部という集まりがありました。

父親が殺伐とした生活から一時でも離れ、母親が育児から一時でも離れ、子どもは昔のようによその親父から「ゲンコツ」をもらったりしながら、みんなで山歩きをしたりしていました。この倶楽部は平成2年頃から10年位活動を続けましたが、子どもたちが育つにつれて自然と消えてゆきました。

この倶楽部の中では、学校に行けなかった子どもも人気者になったりして、ちょっと不思議な世界でした。その中にたえずぬくもりを与えてくれた1つの薪ストーブがありました。火を囲み、素直に語り合ったこどもたちは、そこでいろんな形の優しさなどを学びました。最初はめずらしがっていた仲間も、自然と炎に魅せられ、口伝えに広がってゆきました。

雪国科学は融雪や床暖房システムを開発し、国内で最高値(BL認定)の省エネ技術を得ることができました。でもこれらは全て、この倶楽部の仲間や良き理解者の協力なしにはできなかったことでした。

みんなに「ありがとう」です。

薪ストーブを使う生活をするために脱サラ⋯

サラリーマンを辞めて、薪ストーブを使うための家造りを始めた「ちょっと変わり者」が、もしかしたら昨今の薪ストーブのブームを巻き起こした犯人かも知れません。

25年程前に、勤めていた会社を辞めて、薪ストーブを使うための家造りを始めました。子供には薪割りをする姿で唯一「おやじの力」を見せ付け、「火を焚いて暖を取る」生活を伝え、火のつけ方で「おやじの経験の威厳」を強調し、得意になっていました。家族の中で大人がすべきこと、つまり子育てを「言葉」でなく、「炎の温かさ」と、生活そのもので教えようとしたことが、事の始まりでした。

25年程前のその頃は、「いまどき薪ストーブなんて⋯」「煙で大変だぞ」「アホか⋯」「時代錯誤だ⋯」などと嘲られていました。周囲の呆れ顔と半信半疑にもめげず、ひたすら薪割りをし、子供に薪運びの手伝いをさせ、「この日に遊びに行ったら小遣いは半減⋯」と脅しながら家族愛を育みました。「キリギリスに笑われたアリ」のごとく手間ひまかけて、効率の悪い生活が始まったのです。

いかにも「アホ」なこの「変わり者生活」に、次第に人々が引き込まれ始めました。たった一台のさして大きくもない薪ストーブで、一軒の家をたっぷりと暖房してしまい、一度入れた薪が何時間でもトロトロ燃え続け、夜に入れた太い薪は朝まで火が残り、灰取りは月に一回で済み、煙はほとんど出ない、など驚くことばかりだったからです。ストーブの上での「煮物」の味も格別で、焼き芋なんかもすぐにできる優れモノでした。

この家に訪れる人々も、ますます炎に魅せられることとなり、「自分達も欲しい⋯」ということになったのも当然の事かもしれません。

「変わり者」は、まさかこの「子育て用教育道具」としての薪ストーブが、自分以外の人に受け入れられるとは思ってもいなかったのですが、次第に増える「紹介して欲しい⋯」という声に応じているうちに、いつの間にか「代理店」となり、しまいに新潟県や東北地方までの「正規代理店」になってしまいました。

しかし「変わり者」は、「世の中そのものが変わり者になってきたんだろう⋯」と思っています。「薪割りにこそおやじの威厳の拠り所」として、今日も晩酌のつまみを夢見て働いています。

なぜ薪ストーブに着目したか?

●火を扱う生活

社長の町屋が雪国科学を創業する以前のことです。ある時、キャンプに行って気が付いたことがありました。「大人も子供も火が付けられない。これは何か、おかしい」と疑問を持ったのです。

せめて自分の子どもには火の扱いをちゃんと教えようと決心しました。「火を扱う生活をする」とは家の中に薪ストーブを入れることだ思い、理想の家を建てることが夢になりました。

そして「企業戦士を続けていては夢が実現しない」という想いがつのり、ついに我が子を教育するために脱サラを決意。火を扱う生活を実践できる薪ストーブがあるログハウス造りに取り組みました。

●薪ストーブで教育

町屋は「薪ストーブは子どもを教育するために最適な教材」と話します。もちろん暖房であり調理器具であるとも。薪ストーブを通してコミュニケーションをとることで心身の健康管理を確認するための道具でもあるのです。薪ストーブを活用するためにログビルダーになった町屋は、火を扱いながら4人の子どもたちに、小学生時代から火の焚き方や扱い方を教えたのでした。

そして、以前から町屋は「何だか日本の家族がおかしい」と強く感じていました。いじめ、不登校、引きこもりのこどもの増加が社会的な関心事となり始める前からです。ログハウスを完成した町屋は、そのような問題意識から自宅に多くの子どもを招き世話するようになりました。

しかし、しばらくして「元気を回復した子どもが家に帰るとまた悪化する」ことに気が付きます。町屋は、サラリーマン時代に出社拒否や退職時に母親が辞表を持ってくる新人などを目の当たりにしていました。その頃、育児ノイローゼの母親や子どもへの虐待などの問題も注目され始めていました。「世の中みんなどこかおかしい」と感じていた町屋は、不登校の子どもを面倒見るためには家族ぐるみで面倒見ないとだめなんだと考えました。それが、やがて家族単位の「自然倶楽部」の始まりとなったのです。

●倶楽部の活動

倶楽部では、山歩きや山小屋作り、キャンプをしたり雪の中の運動会など、自然に親しむ活動を行いました。テーマは「いかにお金を使わないで遊ぶか」。(笑)ピーク時は35家族、約150名の規模になりました。

仕事とは人の役に立つこと

●仕事観について

社長の町屋には、仕事に対する確固たる考えがあります。それは「仕事とは人の役に立つこと」。人の役に立つ事をして、その結果として食べさせてもらえる(対価をいただく)というのを基本しています。役に立つ事をするとは「例えば相手が抱えている問題を解決してあげること」。

しかし問題の解決は簡単ではありません。「相手のことを理解して、初めて何とか少々役に立つレベル」と町屋は言います。相手に対する「関心」、それは人の話に耳を傾け、困りごとを理解することです。その事に気がついた時に「解決の糸口がつかめる」というのです。「自分は未熟だから気持ちはあっても役に立てないことが多い。自分の実力がないと役には立てない。がんばるという気分だけではだめなんだ」解決できるだけの実力をつけるためには、人一倍の苦労や努力が必要です。苦労して、たたき上げた末に少しだけ役に立てるようになる。役に立てるようになって、初めて少し食えるようになる。それが仕事だと町屋は考えています。

「役に立とうと努力するのではなく、役に立つだけの実力を付ける努力をすることが重要」モノを売って儲けることを目的にしてはダメだと、町屋は繰り返し話しています。

●会社とは?

「ただ単に、丈夫であるだけではダメなんだ」と町屋は言います。永く使っても性能が一流であり続ける、使っていても飽きない良いモノでなければいけないとも…。安全であること自体も永続きしなければいけません。これらの条件をクリアしないと丈夫で永持ちしても意味がないのです。技術的に劣化して陳腐化していたのでは永持ちしても魅力がありません。

「秀でた性能を持っていてこそ、永く使える」

そうような考えのもとで開発し、10年保証を実現したのが雪国科学の床暖房なのです。

大企業ができないモノ作り

●なぜ手始めに床暖房の開発を着手したのか

最初から融雪システムを作ろうとしたのですが、新潟市内は雪が少なく実証実験ができる期間が短いために床暖房を先に開発することにしました。それには、融雪と同じ技術を使う可能性があるからという、もう一つの理由がありました。きっかけは、やはり自宅のログハウス建設にあります。その際に床暖を設置しようと製品のことを調べた町屋は唖然としました。保証期間の短さに驚いたのです。「床暖房の保証期間が、いずれも1年や2年保証ばかり。日本中を調べても、大手メーカーでさえ、せいぜい2年保証しかなかった」加えて、日本の住宅はせいぜい20年しか使えないような家造りが常識となっていました。このようなモノ作りは大間違いではないのかと町屋は感じたと言います。

そのような考えは、父親から影響を受けそうです。「モノ作りをするなら壊れないようなものをつくれ。永く使えるようなものでなければ意味がない」と言い続けた人でした。外国製の電気シェーバーや包丁には、長い間切れ味がおちない優れた製品があります。切れ味が落ちた時にメンテナンスをしてあげると、そこからさらに永く使えるようになるのです。その圧倒的な性能を知る町屋は「床暖房を作るのなら最初から10年保証できる製品を作ろう」と決心。2年保証が常識の時代に10年保証を目指しました。

床暖房の開発を通じて分かったことがあります。それは「断熱材が熱を止めない」という驚きの事実。断熱材と言われているモノは正しくは「熱の減速材」で、熱が伝わる速度を遅くする材料しかありません。そのような材料だけに頼っているシステムとは、そもそも間違っているわけです。このようなことを自ら研究し、本当の省エネ商品を作ろうとしたのです。

●永く使えるとはどういうことか

町屋は「いろんな会社があるが、金儲け最優先で節操がない会社が多すぎる」と感じていました。会社を創業する時は、ちゃんと役に立って喜んでもらえる「仕事」を自分で作り上げたいと考えたのです。大手メーカーのサラリーマン時代に、長岡市に赴任。3年半におよんだ赴任期間で豪雪を体験し「こんな豪雪の中、何故こんなに大変な思いをして暮らしているのか」と驚いたそうです。「なんとか雪を処理する仕事をして役に立ちたい」と決心したといいます。そのためには、真剣に良いものを作ろうと…。

「雪国の生活を科学する」
会社を設立する以前から会社名は雪国科学と決めていたのです。

●大企業ではできないモノ作り

企業は、組織が大きくなる過程では外に向かって力を発揮するものです。ところが企業が大きくなって倒産しそうもなくなると内に向かって力が働くようになってしまします。「出世や昇進、生き残りとかに力が注がれてしまう。そうすると人のもつパワーがマイナスに働くんだ」と町屋はサラリーマン時代に感じていました。もちろん人数のかけ算で総じてパワーは出すのだけれど、技術開発においては一人の人が追い続けないと到達できない領域があるのも事実です。上司から「こだわるな、そんな採算の合わない研究をいつまでもやっているな」と言われる可能性もあるでしょう。

断熱材を使った技術もそんな盲点にはまりやすいものでした。様々な種類の断熱材があるために情報が過剰となり、大手メーカーでは逆に見落とすものが出てくることもあるのです。サラリーマン時代の町屋は、新潟の販売会社に在籍しながら本社の開発にも関わっていました。その時に、開発の流れを見ていて「切り落とされる技術」があることを知ったと語ります。全体の効率や採算のために削られてしまうのですが、その中に本当に意味のある消費や価値のある商品になる可能性を秘めていたことがあったといいます。社員を大勢抱えている大企業は売上を上げていかなくてはいけないので妥協した商品を出さざるを得ない場合があるというのです。

融雪システムも床暖房にしても、一人の人間が極めていかないと到達しない技術だと考えます。「妥協しないで突き詰めていけば、大手メーカー以上のより良い商品が出せるのではないか」と日々研究開発を進めています。

「追求し継続し続ける個人の強さ」
それが業界の常識を覆した10年保証を実現した雪国科学の技術開発の原動力なのです。

雪国科学の会社情報

> 会社概要・沿革
> 雪国科学グループ
> 本社所在地